今からおよそ30年前の1995年、中米のコスタリカに行った時のお話
エンドレス サマーという映画に魅せられて、コスタリカに興味を持った。国の名前の由来を調べてみたら黄金の海岸という意味だった。
当時、働いていた自由が丘のスキーショップに来店した日系カナディアンのマキトという青年と仲良くなった。
ジャングルがすぐ近くにあって野生動物が身近、そして軽い犯罪はあるけどとても治安が良い事。
こんなアドベンチャーな話を聞いてすごく興味がわいたので、友人と二人で行ってみようかと思いました。 経由地につくとレンタカーを借りてハンティントンビーチを目指した。 フボードを購入したら、そのボードでハンティントンビーチのピアでサーフィンを楽しんだ。ここは僕にとってサーフィンという言葉を考えるに一番効果のある場所だと思う。
フォーカスカのサンホセ空港に到着したらレンタカーを借りてレンタカー屋の兄さんに海の方を指さしてもらって車を走らせた。夜だったので不安になりながら2時間(100㎞ )ドライブしてハコー(ジャコ)という町にたどり着いた。
ハコーは空港から一番近いサーフタウンだとマキトが言っていたのを思い出した。町を眺めているとたまたま空きの標識を見つけたのでそこに宿があることにした。ナビも地図も道路指示だけを気をつけて行っていたので安堵感と達成感でとても充実した気分だった。
朝、目が覚めましたと、ハコーやヘルモサビーチをチェック、ハコーは優しい波質だったがヘルモサはリップの厚いパワーのある波質だった。この波を二日間堪能したのち、ハコーからマキトがキャンプをしていたというドミニカルという村に向かった。
4WDで走れないほどの悪路を走破した。途中でエスタリロスというポイントを偶然見つけた。波が小さくて誰でもサーフィンをしていたなかったが素晴らしいロケーションだし、お腹が空き始めていたのでビーチにあるレストランで食事をしたことに。
レストランのウェイターがロータイドになれば波が上がるからもう一時間待ってみろと言うので半信半疑でゆっくりして胸~肩くらいのファンウェーブがブレイクし始めたんじゃないか!とっさにトランクスに歩いて海にジャンプした。 優しい波とヤシの木に囲まれた南国のビーチブレイクの光景は30年経った今でも思い出に残っている。
美しい自然と雰囲気が盛り上がったのでここの近くで1泊した。 そして俺たちはまたドミニカルに向かった。 ハカラドミニカルはおよそ100㎞、しかしほとんどが舗装されていない悪路だったのでかなり時間を要した。
ドミニカルは数件の宿とレストランがあるちいさな村だった。 波はヘルモサのようにパワーのある波で中級者であれば楽しめる波だった。
その後も2度ほど再訪問して北部のウィッチーズロックやプラヤネグラなど行ってみた。 どこも素晴らしいポイントだった。
PuraVida
写真:フェリペ・サンチェス写真
CostaRicaT2