Sri Lanka - Episode 1

学生の時のように変化が少なくなると時が経つのは早いもんだ。

気が付いたら30代に突入していた。

20代のころから憧れていたサーフィンをしながらの放浪の旅。そのために実家に居座って給料の半分をコツコツと銀行口座に貯蓄していた。

3年間で300万円ほど貯めていた。軍資金が揃った1999年、32歳になった俺は必要最低限のものをバックパックに積めサーフボードを2本入れたボードケースを肩に担いで一人旅に出かけた。

7か月かけてフィリピン、インドネシア、カウアイ島、スリランカ、モルジブ等の国を巡った。訪れたすべての国ですばらしい波や人との出会い、そしてありえないような経験もたくさんした。

旅先の中でも旅の一番最初に訪れたスリランカは印象深かった。

 

 

スリランカと言えば、今でこそ雑誌や色々なメディアで紹介され有名になってきたが、当時の日本人にはなじみが薄く、一般的にはむしろテロリストが沈む怖い国としての認識が強かった。

しかし、実際にスリランカを旅してみると人々はホスピタリティに溢れ優しかった。訪れたどこのサーフポイントもすばらしい波のクオリティだった。

また、殺生を重んじるスリランカでは町中でも1mを超すオオドカゲや猿が平気で闊歩しているのを目にする。

田舎にあるサファリエリアに足を運べばワニや野生の象だって見ることができる。

 

 

最初に訪れた時は人と違ったスタイルの旅がしたいと旅行社の友人にわがままを言いレンタカーを手配してもらった。

当時はレンタカーでサーフハントしている人など皆無だった。そのためスリランカ人のサーファーたちに珍しがられて都度声を掛けられた。彼らは見ず知らずの日本人の俺に凄く親切にしてくれた

ローカルのボスっぽいMamboをはじめとしたローカル達とはすぐに仲良くなった。

 

 

そんな事があって、その後も他の国々を巡っていてもついスリランカを思い出してしまい結局7か月の旅の途中に合計3回も足を運んでしまった。

こんなすばらしい良い波と環境がスリランカにはたくさんあるのにMamboの話によるとこの国にはサーフショップが無いという。

そしてショップを作ることが彼の夢だと。その時、俺は直感的に思った。

 

「失敗してもいいからMamboと一緒にサーフショップを作ろう!」

 

銀行口座にはまだ150万円ほど残っている。場所はヒッカドゥワにあるMamboのレストランの敷地にコンクリートで作った納屋があるという。

この後一か月ほどアフリカを旅する予定だったけどここはMamboの夢に乗るタイミングだと決意した。

19999月、一度日本に帰るとワックス、リーシュ、サングラスなどスリランカでは仕入れる事ができない物、仕事で使うパソコンなどなどを調達した。

サーフボードは友人の伝手でカルフォルニアから仕入れてスリランカに送る手配をした。その間にMamboは建物の内装を作っていた。

ついでに日本でサーフィンを手配している旅行社へ挨拶に行くと現地でサーフガイドをやってくれないかと頼まれた。ついでにスリランカ大使館やスリランカ航空の方々を紹介してもらい一気に環境が充実していった。

一ヵ月ほど掛ったが段取りができたところで俺は再びスリランカに戻った。10月のヒッカドゥワはモンスーンで雨が続く。

 

 

日本の梅雨とはくらべものにならないほどの湿度で洋服にはカビが生え、紙類、洋服すべて湿気てダメになってしまう。すぐにエアコンを調達して店に取り付けると24時間フル稼働してパソコンや商品などを正常にキープする必要があった。

Tシャツや海パンも揃えたいが海外から輸入したら誰も買えない値段になってしまう。そこで思いついたのが現地でオリジナルを作るアイデアだった。

首都コロンボには大手ブランドの工場がいくつかあったのでそこでTシャツを作れないか交渉した。海パンも手作りで作ってくれる職人を見つけた。

ついでにシルバーやココナッツの殻でアートを作る人も見つけた。あとは店とブランドネームを決めなければいけない。

店の前にブレイクする波はチューブにもなってライトもレフトにも走れる極上の三角波だ。

その昔カナダ人の友人が△波のことをA Frame Peakっていうのだよって事を教えてくれたのを思い出した。

ネットで検索してもまだそれをショップやブランドの名前にしているところはなかったのでこの名前を付ける事にした。ついでにアルファベットの小文字のaを鉛筆でデザインしていたらカッコいいのができたのでコレを使うことにした

 

 

ショップを作る事は自分の為でもあるけどスリランカの仲間達を喜ばせる事がなによりも基本だと思っていたのでちょっとドキドキしながらローカルたちに聞いてみた。何十人もの仲間にプレゼンしたら皆がとても喜んでくれた。

そして

19992月に初めて訪れたスリランカだがわずか9か月後の1113A Frame Shopがオープンした。

 

ちょっと照れ臭いけど自分にとって新しい生活の始まりだった。

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