A-Frame Surf From Hikkaduwa

1999年Sri Lanka Hikkadua初のサーフショップから誕生したオリジナルレーベル

世界中を旅してきたインスピレーションでウェアを展開しています

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  • ポルトガル-エリセイラ フェリッペ編

    ポルトガル-エリセイラ フェリッペ編

      11月9日 2週間前にDbのセールスミーティングでノルウェーを訪れた。その帰りにポルトガルのエリセイラに立ち寄ることにした。エリセイラにした理由は、昨年に原宿のDb Shopでフェリッペという青年と知り合った。カメラマンでサーフィンが好き、そして出身がコスタリカだという。大事なカメラを収納するのにDbを見に来てくれたのだった。俺は過去3回訪れた事のある自然と波が豊富なコスタリカが大好きで、その国名を聞いてすぐに反応してしまった。 それを機に仲良くなり、彼が帰国するまで毎週海や雪山に一緒に行くようになった。そのフェリッペが1か月間ほどポルトガルのエリセイラに滞在しているから遊びに来ないかと誘ってくれたのが今回だった。3泊と短い時間だが大西洋でサーフィンできることにとてもワクワクしていた。(注Db:ノルウェーのバッグブランド。筆者が代表を務めるRCTジャパンが国内総販売代理店) 無事に出張を終わらせて、夕方にポルトガルのリスボン空港に到着すると少し日焼けしたフェリッペが迎えに来てくれていた。俺たちはレンタカーを借りて空港を出発した。今回の旅はDb担当の山内とフェリッペの3人、だが運転できるのは国際免許を取得した俺だけ。久しぶりの左ハンドルにすこし緊張しながらの運転だった。40分ほどで目的地のエリセイラに到着。さっそく現地の58というサーフショップでサーフボードをレンタルした。今回借りたのはAlmerickのRocket Wide5‘6の27ℓモデル、これは自分が日本で使っているMayhemのボードとほぼ同じスペックだ。ボードを借りた後はフェリッペお勧めのレストランへ出向いた。大西洋でとれたエビや魚料理は最高だった。   翌朝、朝日で目を覚ますと、エリセイラのメインポイントをチェックしに行く。波は炸裂していてダブルくらい。サイズが上がって大喜びのフェリッペ、内心そんなに大きくなくても良いんだけどなぁと思いつつ、ウェットに着替えてパドルアウトした。波は大きく面も少しラフでパワフル。セットに巻かれるとボードは吹っ飛び、数十秒は息が吸えない。それでも頑張って4本ほどテイクオフした。しかし、あまり波も良くないのでフェリッペに一度上がろうと促した。 一休みして町から20分ほどドライブしたところにあるCoxosポイントをチェック。崖の上から見る波は見事なパーフェクトスウェルで人も少ない。これは入らないと後悔すると思い、ウェットに着替えてパドルアウトした。ラインナップに着くとダブルくらいある。ピークには長板で攻めているローカルが数名いた。俺は遠慮気味にショルダーで構えていた。1時間半で4本のテイクオフ、フェリッペはピークから果敢にテイクオフを繰り返している。途中リーシュが切れて泳いでいるサーファーを目のあたりにして少し怖くなってしまった。リーフに囲まれているので上陸できる場所はピンスポット、そしてbay地形なので強烈なカレントが発生している。助けることはできずに見守る事しかできなかった。潮が満潮になると上がるところが無くなってしまうと聞いた。後で泳いでいたサーファーも無事に上陸していたのでほっとした。この日はサイズのある波に8本テイクオフできたので、とりあえず良しとしよう。  ポルトガル3日目  たった二日間しかサーフィンができないスケジュールなのだが、初日にデカい波を2ラウンドもやったので、朝起きた時には体がすこし重かった。フェリッペにペニーシェをチェックしに行こうと促した。ペニーシェには2005年にも行ったことがあった。(エピソードはこちら ポルトガル編  )このエリアにはたくさんのポイントがあるのだがその中でもSuperTubosというポイントが良かった記憶があった。以前はWSLが行われていたこともあり、コンディションが整うとチューブになるのが特徴。フェリッペは俺の提案に快諾してくれた。エリセイラからは高速でも行けるのだが、途中のポイントもチェックしたかったので2時間ほどかけてペニーシェに到着した。メインのビーチブレイクでは大会が行われていてとても盛り上がっていた。   そして念願のSuperTubosに着くと、波は肩前後でパーフェクトなファンウェイブだ。俺たちはさっそくウェットに着替えてビーチに向かった。およそ300mのビーチのあちらこちらにサンドバーが形成されていて良い波がブレイクしている。はやる興奮を押させて空いているピークを見つけた。4時間ほどノンストップでたくさんの波にテイクオフした。力のある最高の波に俺たち3人は思い思いのライディングを楽しんだ。入る前に塗っていた日焼け止めはすっかり落ちて顔がヒリヒリした。俺たちは海からあがるやいなや最高の笑顔でハイタッチを交わした。 帰りは高速道路に乗り40分ほどでエリセイラの町に戻ると初日に行ったレストランで再びアヒージョやエビ料理などを食べた。食後はDJ barに行き、夜中近くまでお酒を飲んだ。Barにはヨーロッパ中からたくさんの人たちが来ていて、とてもフレンドリーだった。フェリッペは、一緒にサーフィンができたことをとても喜んでくれた。4日目の朝、出発前にエリセイラの海の前でA-FrameのTシャツの撮影をした。モデルはフェリッペ、顔も性格もサーフィンも上手い。天は二物を与えた!と不満をぶつけると、はにかんだ笑顔で返してくる始末だ。 現在、A-FrameのInstagramの写真もずいぶんとポストしてくれている。フェリッペはA-Frameの大切なCrewとして活躍してくれている。年末にはまた、日本に遊びに来るというからSnowや海へまた一緒に行こうと思う。 Very European Tee

    ポルトガル-エリセイラ フェリッペ編

      11月9日 2週間前にDbのセールスミーティングでノルウェーを訪れた。その帰りにポルトガルのエリセイラに立ち寄ることにした。エリセイラにした理由は、昨年に原宿のDb Shopでフェリッペという青年と知り合った。カメラマンでサーフィンが好き、そして出身がコスタリカだという。大事なカメラを収納するのにDbを見に来てくれたのだった。俺は過去3回訪れた事のある自然と波が豊富なコスタリカが大好きで、その国名を聞いてすぐに反応してしまった。 それを機に仲良くなり、彼が帰国するまで毎週海や雪山に一緒に行くようになった。そのフェリッペが1か月間ほどポルトガルのエリセイラに滞在しているから遊びに来ないかと誘ってくれたのが今回だった。3泊と短い時間だが大西洋でサーフィンできることにとてもワクワクしていた。(注Db:ノルウェーのバッグブランド。筆者が代表を務めるRCTジャパンが国内総販売代理店) 無事に出張を終わらせて、夕方にポルトガルのリスボン空港に到着すると少し日焼けしたフェリッペが迎えに来てくれていた。俺たちはレンタカーを借りて空港を出発した。今回の旅はDb担当の山内とフェリッペの3人、だが運転できるのは国際免許を取得した俺だけ。久しぶりの左ハンドルにすこし緊張しながらの運転だった。40分ほどで目的地のエリセイラに到着。さっそく現地の58というサーフショップでサーフボードをレンタルした。今回借りたのはAlmerickのRocket Wide5‘6の27ℓモデル、これは自分が日本で使っているMayhemのボードとほぼ同じスペックだ。ボードを借りた後はフェリッペお勧めのレストランへ出向いた。大西洋でとれたエビや魚料理は最高だった。   翌朝、朝日で目を覚ますと、エリセイラのメインポイントをチェックしに行く。波は炸裂していてダブルくらい。サイズが上がって大喜びのフェリッペ、内心そんなに大きくなくても良いんだけどなぁと思いつつ、ウェットに着替えてパドルアウトした。波は大きく面も少しラフでパワフル。セットに巻かれるとボードは吹っ飛び、数十秒は息が吸えない。それでも頑張って4本ほどテイクオフした。しかし、あまり波も良くないのでフェリッペに一度上がろうと促した。 一休みして町から20分ほどドライブしたところにあるCoxosポイントをチェック。崖の上から見る波は見事なパーフェクトスウェルで人も少ない。これは入らないと後悔すると思い、ウェットに着替えてパドルアウトした。ラインナップに着くとダブルくらいある。ピークには長板で攻めているローカルが数名いた。俺は遠慮気味にショルダーで構えていた。1時間半で4本のテイクオフ、フェリッペはピークから果敢にテイクオフを繰り返している。途中リーシュが切れて泳いでいるサーファーを目のあたりにして少し怖くなってしまった。リーフに囲まれているので上陸できる場所はピンスポット、そしてbay地形なので強烈なカレントが発生している。助けることはできずに見守る事しかできなかった。潮が満潮になると上がるところが無くなってしまうと聞いた。後で泳いでいたサーファーも無事に上陸していたのでほっとした。この日はサイズのある波に8本テイクオフできたので、とりあえず良しとしよう。  ポルトガル3日目  たった二日間しかサーフィンができないスケジュールなのだが、初日にデカい波を2ラウンドもやったので、朝起きた時には体がすこし重かった。フェリッペにペニーシェをチェックしに行こうと促した。ペニーシェには2005年にも行ったことがあった。(エピソードはこちら ポルトガル編  )このエリアにはたくさんのポイントがあるのだがその中でもSuperTubosというポイントが良かった記憶があった。以前はWSLが行われていたこともあり、コンディションが整うとチューブになるのが特徴。フェリッペは俺の提案に快諾してくれた。エリセイラからは高速でも行けるのだが、途中のポイントもチェックしたかったので2時間ほどかけてペニーシェに到着した。メインのビーチブレイクでは大会が行われていてとても盛り上がっていた。   そして念願のSuperTubosに着くと、波は肩前後でパーフェクトなファンウェイブだ。俺たちはさっそくウェットに着替えてビーチに向かった。およそ300mのビーチのあちらこちらにサンドバーが形成されていて良い波がブレイクしている。はやる興奮を押させて空いているピークを見つけた。4時間ほどノンストップでたくさんの波にテイクオフした。力のある最高の波に俺たち3人は思い思いのライディングを楽しんだ。入る前に塗っていた日焼け止めはすっかり落ちて顔がヒリヒリした。俺たちは海からあがるやいなや最高の笑顔でハイタッチを交わした。 帰りは高速道路に乗り40分ほどでエリセイラの町に戻ると初日に行ったレストランで再びアヒージョやエビ料理などを食べた。食後はDJ barに行き、夜中近くまでお酒を飲んだ。Barにはヨーロッパ中からたくさんの人たちが来ていて、とてもフレンドリーだった。フェリッペは、一緒にサーフィンができたことをとても喜んでくれた。4日目の朝、出発前にエリセイラの海の前でA-FrameのTシャツの撮影をした。モデルはフェリッペ、顔も性格もサーフィンも上手い。天は二物を与えた!と不満をぶつけると、はにかんだ笑顔で返してくる始末だ。 現在、A-FrameのInstagramの写真もずいぶんとポストしてくれている。フェリッペはA-Frameの大切なCrewとして活躍してくれている。年末にはまた、日本に遊びに来るというからSnowや海へまた一緒に行こうと思う。 Very European Tee

  • カリフォルニア編

    カリフォルニア編

    私は1967年生まれ、サーフィンを始めたのは映画「ビッグ・ウェンズデイ」に心を打ちぬかれてから。20歳の時にスケートボードのカルチャーを知りたくて真剣に訪れて以来、西海岸には何度も足を運んできた。 友樹はボストンの大学に留学したのをきっかけにそのままアメリカで就職。 この時はベニスビーチで不動産の会社で働いていました。20年以上もアメリカで生活しているので日本語が流れない。 そして、現地での生活は優雅、サーフボードも20本以上している。   朝6時、友樹の家のブレンダーが低い音を立てて、ホウレンソウやマンゴーなど入ったスムージーを渡される。 それを飲み干すと、僕らは車で405号を南へ向かった。 トラッセルズでは来週にWCTが開催されるので世界トッププロが集中している。 比較的空いていそうなハンティントンエリアが良いだろうということになった。4フィートのグリグリに巻いたチューブの波。 僕らは遠慮して、空いている場所で波乗りを楽しんだ。 今回はオーバーチャージを避けて手ぶらで来たので友樹にボードを貸す。 「クリステンソン」のツインフィン。 ボードを半分にしたような形でテイクオフがとにかく早い。 海から上がるとこの近くに住んでいる友樹の友人の家に行った。 静かな家の遊び裏にコンクリートのスケートプールが姿を現す。 家の主人は40代半ばくらいの人だけど、波乗りもスケートも両方好きで仲間たちと楽しむために10年前くらいに作ったそうだ。最近は自分ではあまりないけど、近所の子供が練習しに来たり世界のトップスケーターたち午後はこの家で過ごした。 サンダルしか履いてこなかったのを悔やんだが、スケートボードを借りて裸足で遊ばせてもらった。 日が傾く頃、僕らは友樹の家があるベニスビーチに戻った。 この日の晩、友樹がジョシュアツリーに行ってきました。 翌朝、友樹夫婦と僕の3人はお決まりのスムージーを飲んでから車でジョシュアツリーに出た。 ベニスビーチから3時間くらい怖くて、国立公園の管理棟を過ぎて、フロントガラスの先に広がって、赤茶けた岩と乾いた空気に言葉を語れた。LAには過去に10回ほど来ているけど、こんなところがあるなんて知らなかった。 僕らは3時間ほど公園内を探索した。 足元はザラザラの砂利、奇石をひとつまたぐたびに背中から汗が流れた。 Day3 翌朝はニューポートビーチに向かった。 この日は週末ということもあってメジャーポイントは遠慮しているので、友樹オススメのマイナーな場所へ移動した。 少しバックウォッシュが入っているもの、三角波で空いている。 サイズは肩くらい。 サーフィン文化の中に快適とも言えるカルフォルニアは色々な人がいる。今日はホームセンターで売っているようなソフトボードに乗った人がいた。 午後はハンティントンをゴルフカートでドライブしたりサーフショップを試してみたりした。 道路にケリースレーターやトムカレンなど歴代のスター選手の手形と足形がある。...

    カリフォルニア編

    私は1967年生まれ、サーフィンを始めたのは映画「ビッグ・ウェンズデイ」に心を打ちぬかれてから。20歳の時にスケートボードのカルチャーを知りたくて真剣に訪れて以来、西海岸には何度も足を運んできた。 友樹はボストンの大学に留学したのをきっかけにそのままアメリカで就職。 この時はベニスビーチで不動産の会社で働いていました。20年以上もアメリカで生活しているので日本語が流れない。 そして、現地での生活は優雅、サーフボードも20本以上している。   朝6時、友樹の家のブレンダーが低い音を立てて、ホウレンソウやマンゴーなど入ったスムージーを渡される。 それを飲み干すと、僕らは車で405号を南へ向かった。 トラッセルズでは来週にWCTが開催されるので世界トッププロが集中している。 比較的空いていそうなハンティントンエリアが良いだろうということになった。4フィートのグリグリに巻いたチューブの波。 僕らは遠慮して、空いている場所で波乗りを楽しんだ。 今回はオーバーチャージを避けて手ぶらで来たので友樹にボードを貸す。 「クリステンソン」のツインフィン。 ボードを半分にしたような形でテイクオフがとにかく早い。 海から上がるとこの近くに住んでいる友樹の友人の家に行った。 静かな家の遊び裏にコンクリートのスケートプールが姿を現す。 家の主人は40代半ばくらいの人だけど、波乗りもスケートも両方好きで仲間たちと楽しむために10年前くらいに作ったそうだ。最近は自分ではあまりないけど、近所の子供が練習しに来たり世界のトップスケーターたち午後はこの家で過ごした。 サンダルしか履いてこなかったのを悔やんだが、スケートボードを借りて裸足で遊ばせてもらった。 日が傾く頃、僕らは友樹の家があるベニスビーチに戻った。 この日の晩、友樹がジョシュアツリーに行ってきました。 翌朝、友樹夫婦と僕の3人はお決まりのスムージーを飲んでから車でジョシュアツリーに出た。 ベニスビーチから3時間くらい怖くて、国立公園の管理棟を過ぎて、フロントガラスの先に広がって、赤茶けた岩と乾いた空気に言葉を語れた。LAには過去に10回ほど来ているけど、こんなところがあるなんて知らなかった。 僕らは3時間ほど公園内を探索した。 足元はザラザラの砂利、奇石をひとつまたぐたびに背中から汗が流れた。 Day3 翌朝はニューポートビーチに向かった。 この日は週末ということもあってメジャーポイントは遠慮しているので、友樹オススメのマイナーな場所へ移動した。 少しバックウォッシュが入っているもの、三角波で空いている。 サイズは肩くらい。 サーフィン文化の中に快適とも言えるカルフォルニアは色々な人がいる。今日はホームセンターで売っているようなソフトボードに乗った人がいた。 午後はハンティントンをゴルフカートでドライブしたりサーフショップを試してみたりした。 道路にケリースレーターやトムカレンなど歴代のスター選手の手形と足形がある。...

  • ポルトガル編

    ポルトガル編

    今回は2005年に行ったポルトガルへの旅のお話 日本からポルトガルまでは直行便がないため、ポルトガルの首都リスボンについたのは、日本を出発して2日後の夜中だった。今回の目的地は首都リスボンからタクシーで1時間ほど北上したペニーシェという町。あらかじめ日本から予約をしていたホテルに着いたのは夜中の3時。長時間の移動で疲れていたこともあって、この日は歯も磨かずに倒れるように寝てしまった。翌朝10時、まぶしい太陽の光で目をさます。部屋の窓から外を見下ろすとそこには、真っ白なビーチと、オレンジ色の屋根をつけた真っ白な家々、そして石畳の道路が見えた。既にビーチにはたくさんのヨーロピアンたちが日光浴を楽しんでいた。出発前に想像していたヨーロッパのビーチリゾートそのままだった。朝ごはんのフランスパンサンドイッチを食べ、歩いて10分くらいのところにあるペニーシェサーフキャンプのオフィスに情報を聞きに出かけた。   出迎えてくれたのは社長のリオとフェルナルド。 リオは体がでかいがメローで優しいそうな性格、生まれも育ちもペニーシェで、本業はポルトガルでは数少ないシェイパーの一人だ。今回はこの二人が、僕のサポートをしてくれることになった。2日後位からサイズアップしてくるという。帰る日までには良い波に乗りそうな気がした。この日はペンションの目の前であるビーチブレイクでサーフすることにした。 波は腹サイズ、水温は3mmジャージでちょうど良いくらい。 波質は千葉のビーチブレイクのようだけど、海から見えるロケーションはVery Europeanだった。  2日目も朝早くから波チェックに出るがやはり波が小さく、風もオンショアにまわってノーサーフ状態。せっかくなのでこの日は観光に出かけることにした。電車にのってリスボンへ、この地名はイギリス人が命名らしく、現地では「リシュボア」と呼ぶらしい。 テージョ川という川のそばにある「ベレンの塔」、「発見のモニュメント」といった観光名所を巡った。 日本へキリスト教や鉄砲を伝えに行った伝道師たちがかつてこの場所から旅立ったことを思うと、不思議な臨場感に包まれた。  その日の夜、ペニーシェに戻ってリオとフェルナルド兄弟と食事をした。 彼らの話によるといよいよヨーロッパもサーフィンブームの到来でドイツやスイスなど海のない国からもサーファーが来るようになってきたそうだ。  ポルトガルは海鮮料理が安くて新鮮、名物はイワシの塩焼き、リゾットや貝の塩茹でとかもあって最高としか表現できなかったほどだった。帰り際にリオが明日の午後、ペニーシェ近郊にあるサーフポイントを案内してくれると言ってくれた。   明朝、吹き続けていた風がおさまった。波も頭くらいまでサイズアップしていたので目の前のビーチでお昼までサーフィンをした。午後はリオのクルマでのポイントガイド。 ビーチブレイクやリーフのポイントブレイク、どこもサイズが頭以上あって良い感じだ。最後に案内してくれたのがスーパーチューブス。WCTの会場にもなるポイントだ。 サイズは胸~肩くらいだが完璧にチューブになっている。 リオに、ここでやろうと促された。さっそくウェットスーツに着替えて海へ。 サイズが小さいのでテイクオフは楽、タイミングを合わせるだけでチューブに入れる良い波で最後を締めくくった。 この旅は10日間の行程だったけどとても満足することができた。  波だけを求めるならインドネシアやモルジブの方が良いが、サーフィンというフィルターを通してその国の文化やローカリズムに触れるのもまた旅の醍醐味だとおもっている。 

    ポルトガル編

    今回は2005年に行ったポルトガルへの旅のお話 日本からポルトガルまでは直行便がないため、ポルトガルの首都リスボンについたのは、日本を出発して2日後の夜中だった。今回の目的地は首都リスボンからタクシーで1時間ほど北上したペニーシェという町。あらかじめ日本から予約をしていたホテルに着いたのは夜中の3時。長時間の移動で疲れていたこともあって、この日は歯も磨かずに倒れるように寝てしまった。翌朝10時、まぶしい太陽の光で目をさます。部屋の窓から外を見下ろすとそこには、真っ白なビーチと、オレンジ色の屋根をつけた真っ白な家々、そして石畳の道路が見えた。既にビーチにはたくさんのヨーロピアンたちが日光浴を楽しんでいた。出発前に想像していたヨーロッパのビーチリゾートそのままだった。朝ごはんのフランスパンサンドイッチを食べ、歩いて10分くらいのところにあるペニーシェサーフキャンプのオフィスに情報を聞きに出かけた。   出迎えてくれたのは社長のリオとフェルナルド。 リオは体がでかいがメローで優しいそうな性格、生まれも育ちもペニーシェで、本業はポルトガルでは数少ないシェイパーの一人だ。今回はこの二人が、僕のサポートをしてくれることになった。2日後位からサイズアップしてくるという。帰る日までには良い波に乗りそうな気がした。この日はペンションの目の前であるビーチブレイクでサーフすることにした。 波は腹サイズ、水温は3mmジャージでちょうど良いくらい。 波質は千葉のビーチブレイクのようだけど、海から見えるロケーションはVery Europeanだった。  2日目も朝早くから波チェックに出るがやはり波が小さく、風もオンショアにまわってノーサーフ状態。せっかくなのでこの日は観光に出かけることにした。電車にのってリスボンへ、この地名はイギリス人が命名らしく、現地では「リシュボア」と呼ぶらしい。 テージョ川という川のそばにある「ベレンの塔」、「発見のモニュメント」といった観光名所を巡った。 日本へキリスト教や鉄砲を伝えに行った伝道師たちがかつてこの場所から旅立ったことを思うと、不思議な臨場感に包まれた。  その日の夜、ペニーシェに戻ってリオとフェルナルド兄弟と食事をした。 彼らの話によるといよいよヨーロッパもサーフィンブームの到来でドイツやスイスなど海のない国からもサーファーが来るようになってきたそうだ。  ポルトガルは海鮮料理が安くて新鮮、名物はイワシの塩焼き、リゾットや貝の塩茹でとかもあって最高としか表現できなかったほどだった。帰り際にリオが明日の午後、ペニーシェ近郊にあるサーフポイントを案内してくれると言ってくれた。   明朝、吹き続けていた風がおさまった。波も頭くらいまでサイズアップしていたので目の前のビーチでお昼までサーフィンをした。午後はリオのクルマでのポイントガイド。 ビーチブレイクやリーフのポイントブレイク、どこもサイズが頭以上あって良い感じだ。最後に案内してくれたのがスーパーチューブス。WCTの会場にもなるポイントだ。 サイズは胸~肩くらいだが完璧にチューブになっている。 リオに、ここでやろうと促された。さっそくウェットスーツに着替えて海へ。 サイズが小さいのでテイクオフは楽、タイミングを合わせるだけでチューブに入れる良い波で最後を締めくくった。 この旅は10日間の行程だったけどとても満足することができた。  波だけを求めるならインドネシアやモルジブの方が良いが、サーフィンというフィルターを通してその国の文化やローカリズムに触れるのもまた旅の醍醐味だとおもっている。 

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